爆笑問題の太田光を「知性派芸人」と見なす人たちが一部いるようなのですが、僕は彼のことをかつて一度も「知性がある」と思ったことはありません。どちらかと言うと中途半端に知性があるように振る舞っていて、逆に自分の視点の狭さを露呈しているだけの人物という印象の方が強いですね。
以前何かのテレビ番組で太田光が「星座なんてものを作り出したヤツは馬鹿だよ! だって、星と星を線で繋いでいるけど、それぞれの星は地球からの距離が全然違うんだぜ? そんなのを線で繋いで、やれあれが白鳥だ双子だなんだって言ってるのは馬鹿だよ!!」と言っているのを聞いて、「お前の方がよっぽど馬鹿だよ、、、」と思ったのは僕だけではないはずで、どちらかと言えば「そんな発言をしている太田光こそ馬鹿」と思った視聴者の方が多かったに違いありません。
なぜ馬鹿か? 理由の一つ目。彼の発言は、天体望遠鏡の発明によってそれぞれの天体の距離には違いがあると判明したことを前提にしていますが、それを星座という概念を作り上げた太古の人々にそんなの分かるわけもない。現代を生きる我々だって、あれらの星は地球からの距離がそれぞれ違うんだよと言われてもにわかには信じがたいと思っているでしょう。詩人・田村隆一の『腐敗性物質』という詩集にこんな作品が収められています。
「おれたちは
あくまで天動説の世界に生きている
太陽は東から昇り西に沈む
肉眼で見えるものだけがおれたちの
論理の根拠だ」
うん、まさにその通りですよ。星々が等距離にないという天文学的知識を土台にした星座否定は頭でっかちの暴論でしかありません。
理由の二つ目。星座は、ただ星と星を繋げて楽しんでいたわけではなく、生存上大きな役割を果たしていた(いる)のです。天体の運行が、いま現在の位置を同定するのにどれだけ有効かは言わずもがなだと思いますが、その天体の運行を把握するのは難しいですよね。ですから、星座というものを発明して、誰でもそれが分かりやすいように、それぞれの形に神話の英雄などを当てはめて覚えやすいようにした。これが星座の大元の役割だったはずです。何も天体観測してきゃっきゃ言って楽しむために創出されたわけではなく、我々の祖先が生きていくために働かせた知性の名残なのです。名残っていうか、今でも多いに役立っていますが。
というわけで、そんなことも考えずに、無思慮にも「星座とか馬鹿すぎる」と公衆の面前で騒ぎ立てている太田光のどこに知性を見出せば良いのか。もちろん、今回のは一つの例にすぎなくって、他にも例を挙げたらキリがないですし、知性を感じさせる場面の例を僕は挙げることができません。
なんで太田光の話なんて急にしたくなったんだろう?
別に彼のことなんてどうだっていいんだけどな。。